2006年

ーーー4/4ーーー ダブル出張

 仕事で東京へ行った。早朝穂高を出、午前中に都心のお宅で新しい案件の打ち合わせをし、午後は郊外のお客様へ納品をした。いつもの通り、足は愛車の軽トラである。

 一日に二件のお宅をたずねるので、日程の調整をしたところ、日曜日に決まった。日曜なので、中央高速の上り線も、都心の一般道も空いていた。東京への出張は、日曜日が良いかも知れない。私のお客様はほとんど個人のお宅だから、日曜日に閉まっていることはない。せっかくの休日にお邪魔をするのは申し訳ないが、ゆっくりお話ができるのは有り難い。

 春の天気は変わりやすい。前日になってようやく晴れとなったのに、当日はもう雨だった。それに加えて風も強かった。憂鬱な気分で自宅を出た。

 甲府を過ぎるころから雨は上がり、東京では薄日が射していた。信州ではまだつぼみにもなっていない桜が、東京では満開だった。

 都心のお宅は、10年ほど前に家具を納めたお客様のお嬢さんのマンションである。つまり二世代に渡るお客様ということになる。ご実家の家具はその後如何ですかと訊ねたら、年月が経つにつれて味わいが増して、とても良い感じになっているとのことであった。

 二件目のお宅は、到着したのが昼どきになってしまい、奥様に昼食のお手数をかけてしまった。食事をしながらご夫婦と話がはずんだ。前回お訪ねしたときもそうだったが、ご主人は「大竹さんの家具をもっと売るにはどうしたら良いか」という話を切り出した。70人の社員を抱える会社をゼロから作り上げた方である。ものの見方は厳しいが適確、そしてとても親身になって接して下さる。全てが私の業態にあてはまるわけでは無いが、普段は誰からも聞けないようなアドバイスを伺い、勉強になった。

 帰路は甲府あたりから雨になった。一時は暴風雨のような有様だった。一ヶ月前の納品も、同じ中央高速道で雨だった。今回も、ゆっくり走る私の軽トラのわきを、思いつめたように疾走する車が引きも切らなかった。



ーーー4/11ーーー 火事騒ぎ

 
電話をしている最中、母があたふたと部屋に入ってきて「庭が火事になっているわよ」と言った。窓の外を見ると、炎が上がっていた。受話器を放り出して庭へ出ると、枯れ枝を積んだ山が激しく燃えていた。また芝生は全面黒くこげ、火は周辺部でさらに広がろうとしていた。地面に敷き詰められた落ち葉も燃えていた。これはギョっとする光景であった。

 前日の夕方、工房の集塵機の木屑を取り出した。この集塵機は、木工機械から出る鉋屑やおが屑を、機械に直結したホースで集める仕組みになっている。集められた木屑は一抱えもある大きさの布袋に溜まる。その布袋ごと取り外し、普段は敷地内の決まった場所に持って行って、木屑をあける。しかしこの日は、表の庭に持って行ってあけた。袋を逆さまににして引き抜くと、木屑はこんもりとした山になる。

 いつもはそのまま放置する。腐って土に還るのを待つのである。しかし今回は火を付けて燃やすことにした。その方が、土に還るのを待つより手っ取り早い。この燃やすという処理は、今までも何度かやったことがある。山になった木屑はなかなか燃えにくい。火を付けても、表面が燃えると、それで終わってしまうのである。そこで、パイプを突っ込んだりして空気の通り道を作る。そうすると比較的燃えが進む。今回は、ストーブの煙突の廃材を利用した。木屑の山の中央に煙突を建てるのである。これは良いアイデアで、木屑の山は内側から激しく燃えた。農家が籾殻を燃やすのに、このような方法でやるのを見たことがある。

 それでも大量の木屑が全部燃えるには相当の時間がかかる。日が沈み、暗くなってきたので。燃やすのを止め、水をかけた。夜中にまた燃え出すと怖いので、入念に水をかけ、周囲の枯れ葉にも水を撒いた。

 翌日は午前中に、母を伴って知り合いの画家の展示会に行った。車で15分ほどのところにあるギャラリーである。毎年ギルド展をやる「安曇野山光ホール」である。出掛ける前に母が、木屑の山から煙が上がっていると言った。見ると、確かにぶすぶすと燃えていた。私は一寸驚いた。昨日あれほど水をかけたのに、火が復活しているのである。家内はパート、娘は学校に行っているから、これから家を空けることになる。このままでは危ないと感じ、再度ホースで水をかけ、周囲に水を撒いた。

 2時間ほどして帰宅した。私は食事をしてから、家の用事で外部に電話をかけた。母は自分の居室で食事を終え、昼寝をしようとしていたそうである。何気なく庭を見ると、火の手が上がっているのが見えたとのことであった。

 庭の水道のホースで水をかけて、火はあっけなく消えた。しかし、もう少し発見が遅れたら、一大事になっていただろう。いや、外出中にこのような事態になっていたら、あるいは昨晩のうちに燃え出していたら、我が家が丸焼けになっていたかも知れない。そう考えると背筋が冷たくなった。そうならなかったのが、むしろ幸運なくらいに感じられた。

 農村部では、火事の原因の上の方に焚き火の不始末が上げられている。今まではその事実にピンと来なかったが、今回の出来事で恐ろしさが身にしみた。くすぶり続ける火は、簡単には消えないのである。



ーーー4/18ーーー 新作テーブルのアイデア

 SSチェアとセットで使うダイニング・テーブルを考えている。写真はそのアイデアを五分の一のミニチュアで表現したもの。右の写真はウマ型と呼ばれるタイプ、下の写真は4本脚のタイプである。

 SSチェアは、ストレートな円筒形の脚が垂直に立っているところが特徴になっている。それに雰囲気を合わせるため、どちらのテーブルも円筒形の垂直脚を取り入れた。

 アームチェア93は、SSチェアと兄弟分のような椅子である。SSチェアと同じく、ストレートな円筒形の脚が特徴となっている。従ってこれらのテーブル、アームチェア93でも雰囲気は合うと思う。

 どちらのテーブルも、甲板のサイズは90センチ×180センチを想定し、五分の一に縮尺している。このサイズのテーブルは、業界ではサブロクと呼ばれている。3尺×6尺の意味である。

 ダイニングテーブルを選ぶときの大きさの目安は、一人分のスペースとして幅60センチ、奥行き40センチを見るのが一般的である。この基準でいくと、サブロクのテーブルは6人がけとなる。妻手(短辺の方)にも一人づつ座れば、ちょっと窮屈だが8人までは使えるだろう。

 この写真のように、サブロクのテーブルに椅子4脚というのは、ちょっと贅沢かもしれない。しかし食事だけでなく、家族がそれぞれ作業にも使うのだとしたら、余裕たっぷりで、使い勝手が良いだろう。

 下の写真の4本脚のテーブルは、まるでシンプルな形で、何処にでもあるような印象を受けそうである。しかし、こういうものが意外と量産品には無い。 

 ところで、ここに挙げた二枚の写真はいずれもミニチュアだが、早く実物大の製品を作ってみたいものである。どなたかご注文を戴けませんか。

 



ーーー4/25ーーー 板矧ぎの苦労

 板矧ぎ(いたはぎと読む→木と木工のお話「板を作る」参照)は、木工家具製作の基本技術の一つである。しかし、これが結構悩ましい。

 名の知れた家具メーカーでも、板矧ぎのミスがあるそうだ。矧ぎが切れて隙間ができたところに、薄い板をはめ込んで誤摩化しているものがあると、ある家具メーカーの下請けの塗装屋さんから聞いたことがある。

 私は幸いなことに、板矧ぎのトラブルは今まで一つも無い。しかし、何十回となく行ってきたこの作業でも、毎回緊張する。矧ぎ切れの恐怖に、いつも苛まれる。一度も墜落したことが無くても、岩登りがいつも怖いのと似ている。

 小さい板ならまだ簡単だが、テーブルの甲板となると身構えてしまう。写真は幅80センチ、長さ1.6メートルの甲板。6枚矧ぎである。

 何に一番気を使うかというと、ボンド(接着剤)が乾かないうちに張り合わせることである。なんだそんなことかと思われるかも知れないが、これが時間との勝負なのだ。

 6枚矧ぎだと、接合面は5ケ所ある。その各々の接合面に、ビスケットと呼ばれるラグビーボールを薄く切ったような型の木片を植え付ける。専用の機械「ビスケット・ジョイナー」で溝を掘り、ボンドを入れてビスケットをはめ込むのである。ビスケットの方にも、ボンドを塗布する。一つの接合面に5枚のビスケットを入れるとすると、全部で25枚。

 このビスケットのように、板矧ぎの接合面に挟むものを「雇いざね」と言う。一方、接合面の全長にわたって凹凸を刻み、そのはめ込みによって接合を密にする方法もある。これはただの「さね」と呼ばれる。「雇いざね」は、外部から持ち込んだ(雇った)「さね」という意味だろう。

 私にとって、ビスケットを入れる目的は、接合強度を増すことよりも、板のレベルを保つことにある。ビスケットが、接合面における段差を無くしてくれるのである。だから簡単な場合は、例えば2枚矧ぎなら、ビスケットを使わずに矧ぐ。いわゆる「いも矧ぎ」である。2枚なら、段差が出来ないように調節しながら締め付けることが可能だからである。接合強度は、「いも矧ぎ」でも問題は無い。しかし、3枚以上になると微妙な調節をしながら締め付けるのは困難だ。そこでビスケットの助けを借りるのである。

 矧ぎ面(接合面)にはローラーでボンドを塗布する。そして材を張り合わせてクランプで締め付ける。このとき接合面に塗布されたボンドが全部はみ出てしまうような感じでないと、強い接着にはならない。ところが材に塗布されたボンドは、すぐに乾こうとする。完全に乾いてしまうと、張り合わせても付かない。生乾きの状態なら、付けることはできる。しかし水分が抜けて粘度を増したボンドは、締め付けても材の間に挟まったままになる。ボンドの層が接合面に残ってしまうことを、職人は「ボンドが咬んだ」などという。ボンドが咬むと、接着強度は著しく低下する。それが後に矧ぎ切れの原因となる。ボンドがフレッシュなうちに張り合わせ、締め付けなければいけないのである。

 5ケ所の接合面のそれぞれにローラーでボンドを塗布し、ビスケットを入れて張り合わせる。順番にやるのだが、もたもたしていると最初の方の接着剤が乾いてしまう。夏でも工房の窓は全部閉める。たとえそよ風でも、ボンドを乾かす大敵なのである。

 この写真の板くらいのサイズになると、取り回しも大変で、作業は大慌てとなる。夏なら、閉め切った室内で汗だくとなる。最後にクランプで締めて、ボンドがニュルッとはみ出すのを見れば一安心。しかしそれで終わりではない。今度ははみ出したボンドを拭き取らなければならない。接合面が多い場合、これも結構手間取る作業なのである。もたもたしていると、はみ出たボンドが固まってしまい、拭き取りはさらに厳しくなる。

 拭き取りが終わると、写真のようにクランプで締め付けたままで24時間放置する。その後クランプを外せば甲板の材が出来上がりとなる。

 この板は両端に3センチくらいづつ余裕がある。それを切り落とし、所定の長さに整えて甲板となるのだが、その切り落とした部分を足で踏みつけて折ってみる。これが私の接着強度確認試験である。切り落とした部材が、接合部以外のところで折れれば、接着強度はOKというわけだ。

 ところで、写真に見えているクランプは米国製。とても合理的にできている、優れものである。

 


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